KIKOの子育てブログ 時々甥っ子登場

4歳&1歳の2児のママです(^‐^)子育て中の悩みや、自身と子供のアトピーのことなどを体験談をもとに、書いていきたいと思います。また仲良しの姉の、小学生の息子の中学受験のこともたまに書いていきたいと思います。皆さんのお役にたてると嬉しいです。

ブランクのある主婦が「選んでよかった」意外なパート先とは

 

  • パート希望主婦のワガママシフトとは

子供が生まれる前に、バリバリ働いていた訳ではないけれど、一般職として、正社員を約5年、結婚後契約社員(パート)で約2年。
 

そんな感じで、主に事務職に携わっており、特に誇れる資格や技術など身につけたという自覚なく、退職しました。

 

そして、専業主婦になり約5年。

 

ブランクがこれ以上空くことが少し怖くなり、働くことにしました。

 

ただし、以下の条件付き!

 

1、子供が幼稚園に行ってる時間のみ(4〜5時間)

2、週3〜4

3、土日祝休み

4、休み希望がだせる

5、夏休み等、子供の長期休みは休める、もしくは時間を調整してくれる

6、自宅の最寄駅近く

7、時給1000円以上

8、基本は事務職

 

↑資格もない私が、こーんな、わがままな条件で探し始め、自分でも笑えるくらいなかなか見つかりませんでした(笑) 

 


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  • 「ある仕事」との出会い

でも、6の最寄り駅近くの条件を削除して、何となくイメージだけで敬遠していた

「ある仕事」に思い切って応募し、いざ始めて見たところ、、、

 

当初は自分に向かなかったら、早々にやめよう、なんて社会人あるまじき無責任な思いを忍ばせながら、勤務していました。

 

でも、始めてもうすぐ1年たちます。

 

仕事内容はともかく。

 

前述したすべての条件をクリアして、さらに人間関係の煩わしさもなく、とっても働きやすいんです!これが。

 

しかも子供が熱出したりして急遽お休みさせてもらう時も、自分が1人抜けたからって周りの人にそんな大きな影響がなく(多分)、気まずさもそんなにありません!

 

そんな仕事ってある?て思うかもしれませんが、実際にありました!

 

それが、、

 

「コールセンター」


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  • その実態とは?!

電話の仕事って、なんだかいちいち緊張するし、嫌なお客さんからもかかってくるだろうし、案内も難しそうだし、なんだかストレス多そうな仕事、、


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私のはじめのイメージはこんな感じで、それ故敬遠していました。

 

しかし、コールセンターにも種類が色々あり、私が始めたのは

「インバウンド コールセンター」

 

簡単にというと、

 

かかってきた電話に出る仕事。

 


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(↑もちろんこんな電話ではありませんが、なんだか懐かしい電話の絵なので貼ってみました)

 

例えるならば、1つの商品に対する問い合わせや購入、また購入後の商品の修理依頼などの受付窓口です。

 

(※ちなみに、アウトバウンドコールセンターは、自分からお客様に電話をかける仕事です。)

 

アウトバウンドのコールセンターの経験がないので、比較は先入観も含まれていますが、インバウンドコールセンターの方が電話応対のストレスは少ないように思います。

 

なぜって?

 

それは、インバウンドが、お客様がすでに商品のことを知った上で、聞きたいことがあって電話をしてきて、こちらはそれに応える形の対応になるので、お客様に怒られるということは少ないように思うからです。

 

(アウトバウンドは、経験がないので想像ですが、受け手のお客様は突然かかってくる電話に、その時の気分や生活状態も左右し、冷たくあしらったり、不愉快になったりすることもあり、インバウンドよりは怒られたりする回数は多いのではないかと想像されます。ただアウトバウンドも色々種類はあると思いますので一概には言えませんが)

 

しかし、その分、やはりアウトバウンドに比べ、インバウンドは時給は低いとは思います。


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  • この仕事に向いてる人とは?!

ただ、人と話す仕事がそこまで不得意じゃなければ、意外とオススメです!

 

あと、パソコンに対する強い苦手意識もなく、事務仕事なとで普通にタイピングしていた経験があれば、問題ないと思われます。

(ブラインドタッチはできるに越したことはありませんが、周りの人でブラインドタッチ出来ずに応対している方もいます)

 

電話しながらのタイピングも、最初はモタモタして慌てたりしていましたが、慣れてしまえば、むしろブランクのあるタイピングの練習にさえなってくれている気さえします。

 

あと、嫌なことがあっても、引きずらない人も向いています。

 

インバウンドでも、嫌なことを言われる事はあります。

 

いちいち1回の応対でストレスをためず気にしないモチベーションにいられる人は最には適な仕事だと思います。

 

あと、最後に

若い方より、ある程度、中年層の主婦の方が向いていると思います!


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なぜかって?!

 

社会人経験の有無も有るに越したことはありませんが、それよりも人とのコミュニケーション能力や自然な敬語など使えることが実は即戦力の1つにもなっている気がして、その観点から見ると、やはりある程度年齢層上の主婦の方が、得意な部分が多い気もします。

 

あと、自分に置き換えると何となく、年齢の分、度胸もついている気もします。

 

私もこの仕事を二十歳でしてみろと言われたら、緊張と敬語の使い方の混乱で、迷走し続けた対応になり、すぐにやめたくなっていたかもしれません。



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※もちろん、私の職場にも、若くてもしっかりコールセンターのお仕事をされてる方もいらっしゃいます。

 

 

以上は、あくまでも私の経験による意見に過ぎないので、すべての会社のコールセンターに通じるものではもちろんないとは思います。

 

コールセンターの内容にもよりますし、会社の規模にもよりますが、私は割とコールセンターのパートさんが大勢いる母体の大きい会社を選びました。

 

他はわかりませんが、研修も定期的にあり、休憩や有給ももちろんとれ、働きやすいです。

 

最初はまったく視野にいれていなかった仕事でも、意外な、予想をいい意味で裏切る結果になることもあります。

 

 

これからパートをなにか始めたいなぁと漠然と思っている方の参考になったら幸いです。

 


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子供乗せ電動自転車からのまさかの「転倒」。まさかで片付けてはいけない理由。

 

「 子供乗せ電動自転車」


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私は上の子供が2歳前から、子供乗せの電動自転車を愛用していますが、

 

車の運転をしない私にとって

 

子供乗せ電動自転車は、とても便利で、なくてはならないアイテムです。

 

朝は出勤前に、子供を前と後ろそれぞれに乗せ、計2名の子供を乗せて、保育園と幼稚園のバス停まで送ります。

 

現在使用し始めて約3年弱ですが、初めて、

 

転倒しました( ;∀;)

 

後ろのシートに一人子供を乗せた状態で、、

 

幸い、子供も私もほぼ無傷でしたが、(細かく言うと私は膝に青あざ)

 

 

この痛くて恐ろしい経験が、少しでも世のお役にお母さんのお役に立てればと思います。

 

 

これから、子供乗せ自転車の購入を考えている方、ぜひこの記事を読んでいただき、

ご自身の心構えのベルトもしっかりと締めて頂きたいと思います。

 

※あくまでも私が経験した見解です。

もっと注意すべきことはあると思いますので、ご使用前にきちんと自転車の取扱説明書を読んでください。

 

 

 

 

 【絶対に守ろうリスト】

 

 

 

 

 

 ①チャイルドシートベルトをしめる

基本中の基本ですが、私は前に乗せる2歳の子はシートベルトは必ずつけています。

 

実は後ろに乗せている4歳の子は本人が嫌がるので、最近つけておらず、転倒した際も装着していませんでした。

 

ただ、今回はたまたま、道路に放り出される事もなく、本人が咄嗟に受け身をとったのか、無事でした。

 

個人的に思うのは、

 

前に乗せる子は基本的に低年齢であることと、椅子の高さが高いことなどを理由に、転落時に強い衝撃を受けると想像されるため、

 

前の子供乗せシートベルトは絶対に装着すべきだと思います。

 

後ろに乗せる子供にも、もちろんシートベルトは装着した方がいいとは思いますが、ベルトをしていたことで、転倒時上手い受け身を取りにくくなるなどのリスクはないのかな?との疑問もあります。

 

このような記事もあったので貼り付けておきます。


自転車のチャイルドシート、シートベルトは危険ではないのか? - 自動車情報誌「ベストカー」

 

 

 

 

 

②子供用ヘルメットを必ず着用する

これは、どんな短い距離でも、必ず前シート後ろシートどちらの子供にもしています。

短い距離でも、転倒するのはいつかわかりません。

基本中の基本です。

 

 

 

③傘など車輪に巻き込まれそうな長い荷物をハンドルにかけない

前と後ろに2人子供を乗せていると、荷物の置き場に困る場合があります。

 

私もついハンドルにかけてしまいますが、傘など長いものは、車輪に巻き込まれて、ハンドルが取られてしまう恐れがあります。

 

子供のせ自転車ではなく、独身の頃、私自身が自転車で何度か傘が車輪に巻き込まれて転倒した経験があります。

 

傘だけでなく車輪まで届いてしまう荷物は絶対にかけない方がいいです。

 

 

 

 

 

④絶対に「慌てない 」 ←☆重要ポイント☆

これは、意外に盲点で、今回私がこの記事を書くにあたって一番伝えたいことかもしれません。

 

今回、私が子供乗せ自転車で転倒した理由は大きく分けて2つ。

 

1つ目が、雨が降っていて、地面が滑りやすかったこと。

 

そして2つ目が、コレ。

 

「慌ててしまったこと」

 

普段、雨の日は地面が滑りやすいことは百も承知で、気をつけてゆっくりと走ったり、滑りそうな場所を避けて通ったり特に注意はしていました。

 

でもこの日は、少し慣れもあって、時間に遅れていました。

 

下の子供を保育園に送り届けた後、上の子供の幼稚園バスの停留所に到着した瞬間に、幼稚園バスが走り出してしまいました。

(もちろんバス側は私の存在に気づいていません)

 

普段起こらない予期せぬ展開に、私は慌ててしまい、

 

一度止まっていた自転車を急発進してしまいました。

 

車輪は、マンホールで一度滑り、恐らく、黄色い視覚障害者の方用の誘導路に車輪が迷い滑り。

 

↑この場所は晴れている日に走っても基本的に滑りません。

 

あと雨でも、慌てず気をつけていれば、転倒まではいかなかったかもしれません。

 

予期せぬ事態に慌てること。これは車を運転している時でも同じ危険があります。

 

とにかく、命より大切なものはないです。

 

(当たり前のことを言ってすみません。でも、本当です)

 

いかなる時でも、

「慌てない」「急がない」「自分のペースを守る」

 

 

これが鉄則です。

 

 

 

運転に「慣れ」ない。「過信」しない。

比較的長く乗ってると、無意識に運転に「自信」がつき、無根拠な「過信」が起こりやすくなる気がします。

 

ついつい「スピード」を出してしまったり。

 

私が子供乗せ自転車を購入前に仲の良い友人3人に購入する自転車を相談したことがあります。

 

そして、その3人が3人とも、自転車で転倒した経験があるから気をつけてと言われました。

 

内1人は、子供を乗せていない雨の日に一人で。

 

内1人は、子供を乗せていた状態で、晴れている夕暮れ時に、空の月が綺麗で、子供と一緒に上を向いていたそうです。

 

注意が散漫になると、この重い自転車のハンドルを取られることなんて、容易なことです。

 

3人に注意されていたので、私は本当に日々の運転には注意していましたが、結局転倒してしまいました。

 

それだけ、本当に気をつけて運転しなければならないということです。

 

 


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※ここには注意して!※

1.雨の日の運転→出来るならしない。

 

仕方ないときは、いつもよりも注意して!

 

マンホール、点字ブロック視覚障害者の方用の黄色い誘導路は滑りやすいです。

 


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2.段差を越えるとき

 

3.停車した状態から、動き出すとき

出発するとき、信号待ちから動き出すとき、バランスを崩しやすいです。

 

 

4.子供を乗り降りさせるとき

 

 

乗せるときは先ず「後ろの席から」、降ろす時は、先ず「前の席から」が基本のようです。

降ろす時に、まだ下の子供が乗っているのに、上の子供が後ろのシートからガタガタ降りて、自転車が揺れてヒヤッとした経験があります。

 

 

 

・最後に・・私が転倒し、親子とも無事だった理由とは

 

1.転倒した場所が広い歩道で、誰も歩いていなかったこと

 

2.車道にも車が走っていなかったこと

 

3.当時子供を後ろに1人しか乗せていなかったこと

→通常は前に2歳、後ろに4歳の二人を乗せていますが、事故当時は下の子を保育園に送り届けた後でした。

 

前にも乗っていたら、もっとバランスを崩していたかもしれません。

それにいつも前に乗せている子はまだ2歳で、うまく受け身をとれず大きな怪我を負っていたかもしれません。

 

そう思うと、ぞっとします。

 

 

4.乗っていた子供の年齢が4歳だったこと

→後ろの席に仮に下の2歳の供を乗せていたらと思うと、やはり、うまく受け身が取れず怪我をしていた可能性があります。

 

5.雨カバーをつけていたこと

→憶測ですが、擦り傷などを負わなかったのは、カバーのお陰かもしれません。

 

6.ヘルメットを着用してこと

→絶対に必要なものだと、改めて痛感しました。

 

7.走行中の転倒ではなかったこと

→転倒した時は、自転車を走らせている時ではなく、一度止まっている状態で、慌てて急発進しました。

 

スピードがある程度でている走行中ではなかったのが、まだよかったのかもしれません。

 

上記はあくまでも私が思ったことで、当たり前のことしか書いていないと思います。

 

ただこの当たり前のことを、当たり前でしょと思わず、常に心に留めておいてほしいと思います。

 

私自身も前と後ろ、両方に子供を乗せて電動自転車を走らせています。

 

だからこそ、その便利さを知っています。

 

だからこそ、その危険性も知っています。

 

転倒したときは、思いがけず、まさかの出来事でしたが、決して「まさかの」出来事ではないのです。

 

重い自転車に自分よりもはるかに大事なものを乗せて運転してるのですから、まさかがあってはならない。

 

危険は予測しながら、回避しなければいけないのです。

 

多忙な毎日ですとつい、便利さばかりに心が奪われてしまいがちですが、

 

「危機意識」も常に心に置いて、電動自転車と仲良く付き合っていけたらいいですね。

 

※私が電動自転車を乗るにあたり、よく参考にしているサイトです。

参考までにのせておきます。


何歳までOK? 子供乗せ自転車、前後に「親子3人乗り」する場合の安全ルール | 小学館HugKum

 


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死ぬ前に夢に出てきた祖母。死んでからもでてきてほしいのに。

 

 

先日100歳の祖母が逝去しました。

 

死ぬ前の入院生活は約2ヶ月ほどで、それまでは割と元気にほぼ介助もなく、自宅で暮らしていました。

 

年齢からか、おやっ?と思うような言動や行動はたまに起こる事も最近ではありましたが、痴呆とまでは呼ばないレベルのものだとは思っています。

 

90代の頃、ひ孫たちの風邪がうつって、2回入院したことがあります。

 

高齢者が入院すると、精神的にも弱くなることがあると聞いたことがあったので、流石に駄目かななんてその度に思いましたが、まさかの復活。

 

医師に、退院した時の医師には、祖母は身体が強い人だと言われました。

 

だから私はすっかり油断していたんです。

 

祖母はそう簡単には死なないんじゃないかって。

 



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そうはいっても身体は着々と年をとっていき、子どもたちが一年で大きく成長するのと反比例したような形で、祖母にとっての一年は肉体的には大きく退化していくのは、たまにしか帰らないから余計顕著に感じたのか、ここ数年は目に見えるように、手に取るように分かりました。

 

ただそうは言うものの、前述したように祖母は、年齢の割には元気な方で、ほぼ介助なく、暮らしていました。

 

だから、突然脳梗塞で倒れて意識不明と言われた時は、え?という驚きで呆然とした気持ちで、更にコロナ禍の影響でお見舞いに一切いけないという状況により、いまいち自覚と覚悟がないまま2ヶ月を過ごしてしまいました。

 

今度はいよいよ駄目だろうかという覚悟と、いやいや今までだって何度か危ない状況はあったのに関わらず復活してきた。今回もまたまさかの復活劇があるのではないかという、決して微々たるものではない淡い期待感。

 

そして、祖母が亡くなるちょうど1週間前。

 

夢に祖母がでてきました。

 

夢の中で、私が祖母のお見舞いに行っていました。

 

体ごと横向きで寝ている祖母の手を私が握り、声をかけると、目をつむったまま、にこっと笑いました。

 

もしかしたら、お見舞いに行きたいのに行けないから、私の願望が見させた夢なのかもしれません。

(むしろそう思うほうが自然なのか?)

 

 

そして、死ぬ前日は

 

同居していた母の夢に現れたそうです。

 

私が1週間前に見た夢は、願望から来る幻だったのかもしれませんが、

 

母が見た夢は、本当に祖母からの挨拶なんだろうなと思います。

 



 

ある程度の覚悟はあったものの、これまでの経験上、本当に死んでしまった事が不本意で、なんとも消化できないまま、お通夜、告別式を終えました。

 

棺に入れられた祖母の顔は、何だか別人みたいになっていて、でも顔にできた小さないぼの位置や、鼻の下が長い特徴は祖母そのものでした。

 

火葬した後の遺骨も、100歳のおばあさんの割には、しっかりと残っているように感じました。

 

すべてが終わって、家に戻ってきた時に、ふとどこにも向けられないような、悲しみが襲ってきました。

 

波のように、小さいものもあってすぐにひいたり、大きいものも突然やってきて、涙が溢れ出て止められなくなったり。

 

 

私は幼い頃から祖母の家にいることが多く、

大学入学までは祖母はいつも近くにいました。

だから幼い頃の記憶にはたいてい傍らには祖母がいました。

 

そのためか祖母が死んだということは、これまでの私の思い出まで死んでしまったようなそんな寂しさなのです。

 

 

祖母が住んでいたこのうちでほとんど過ごした私の記憶が、もう二度とその場所に、その頃に戻れないことを確定してしまうような。

 

 

あの笑顔がないということは、もうあの家自体が存在しないような、奇妙な、そしてものすごく苦しい感覚。

 

 

私ももういい年だし、祖母の死もある意味では「ようやくお迎いが来た」ものなのかもしれないから、声をあげて、ワーワー泣くこととは違うのかもしれない。

 

でも、本当にふとしたときに涙が止まらなくなるのです。

 

おばあちゃんは今一体どこにいるのだろうか。

 

夢にも毎日でてくれるように頼んでいるのに、誰の夢にもでてきてくれません。

 

 

江原啓之さんのラジオが、You Tubeにあがってて、家族の思いが強いほど、故人は夢には現れないと言っていたので、それも何だか妙に納得してしまいました。

 

元気なうちに、もっと会いにいけばよかった。

 

身体をさすってあげればよかった。

 

電話をたくさんすればよかった。

 

会ったときも、もっとそばにいて話せばよかった。

 

美味しい手料理をちゃんと作ってあげればよかった。

 

ひ孫をもっと抱かせてあげればよかった。

 

 

「後悔先に立たず」とはこの事です。

 

祖母の死は、年齢的なものから予想はしていたけれども、結局は覚悟ができていなかったということ。

 

 

40近くのおばさんになっても、祖母から見た私は幼い孫で、祖母のことを想うと私自身もそういう立ち位置でフラフラしていて。

 

 

そうして今は、幼い子供のようにたまに声をあげて泣きたくなるのです。

 

 


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暴れる子供〜小学生の私が暴れていた理由〜

 

小学生の女の子が、家で暴れて手がつけられない。

 

学校では成績もよく優等生タイプ。性格も大人しく、問題児ではないのに。

 

もう何十年も前の話ですが、私はかつて、そんな小学生でした。

 

母親の髪を引っ張り、取っ組み合いのけんか。

 

ソファやテーブルをひっくり返す。

 

大声を出す。

 

 

ふとネットを見ていたら、かつての私のような子供を持ち、悩んでいる親御さんがいることに気づき、今回書くことを決めました。

 

決して親の悪口ではありません。

 

育て方が間違っているとかでもないと思います。

 

ただ私は少し繊細で、何にでも影響されやすい子供だったので、すべてのきっかけが、原因の種となり集まり、爆発させてしまったのだと思います。

 

今悩んでいる親御さんの、少しでもヒントになればと思います。

 

※あくまでも私の場合です。

病気の場合もあるようなので、それ以外の要因と1つとして参考まで読んでいただけたら幸いです。

 


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〈子供が暴れる要因(私の場合)〉

目次

 

 

自分のいるところで、他の親や子供に、自分のマイナスな話を言う

これは今でも記憶にあります。

 

「この子は甘えん坊で〜」とか、「この子は赤ちゃんだから〜」とか。

 

ひどいときには、友達の前で「家で暴れて困るのよ」とまで言われた記憶もあります。

 

親は何気なく話しているつもりが、子供の私は友達やそのお母さんがいる前で言われて、恥ずかしくてたまりません。

 

 

プライドが傷ついていたのかもしれませんね。

 

このことを親にやめてといった記憶もありませんが、とても嫌で恥ずかしい記憶として今でも覚えています。

 

②過保護&過干渉

少しでも学校から帰るのが遅くなると学校に電話してきたり、迎えにきたりする。

 

だから、①にも通じることですが、学校で母に会うのが嫌でした(笑)

 

 

③兄弟と比べる

テキパキしていて出来のいい姉がいて、マイペースな私はよく比較されていました。

 

私のことは「出来ない子」とレッテルを貼られているような感覚。

 

正直姉妹間が仲良かったので、当時はこの事自体はそこまで気にしていませんてましたが、もしかしたら、1つの要因になっていたのかもしれません。

 

④中学受験勉強

これはストレスの要因となっていたのは言わずもがな(笑)

学校から帰るとか友達とは遊べず、まっすぐ塾へ。

塾から帰ると勉強。

 

今の時代は中学受験する子供も増えていますが、私の時代は、田舎ということもあり、クラスに1人いるか、いないか。

 

周りが受験勉強していないのに、自分だけ自分の本位ではない学校を目指した勉強をさせられることはかなりのストレスだった気がします。    

 

ただ、中学受験して入った学校はとても自分に合っていたので、結果良かったのですが、この記事の内容だけでみるとそんなことは後付の話。

 

当時は勉強が本当に嫌だったなぁという思いが根強く記憶されています。

 

 

 

⑤学校でいじめに合っている

私の場合は、軽くからかわれる程度でしたが、一部の男子と一人の女子から毎日、筆箱や上履きを隠されたりされていました。

 

髪ゴムをとられて、ぐじゃぐじゃにされたこともあります。

 

リコーダーをバラバラにされて隠されたこともあります。

 

当時は大して気にしていないように思っていましたが、実はこのことは一番の引き金になっていた可能性があります。

 

学校での出来事は親にはまったく見えないこと。まさに自分一人で抱え込み易い状況になります。

 

かといって、この事実を、「あなたいじめられてるの?」とあけすけに聞かれることは、当時の私にとっては、とても恥ずかしいことで、素直に親に話せることではありませんでした。

 

 

 

以上が私の体験談から考えられる「子供が暴れる要因」です。

 

多分、少しだけ、親が子供の立場になって、気持ちに寄り添って動いていてくれたら、状況が変わっていた部分もあったかもしれません。

 

私が「暴れていた」のは、自分で抱えていた無意識のストレスを、親が汲み取ってくれなかったからかもしれません。

 

今となってみればはっきりとはわかりませんが。

 

私は大体小学生5,6年生がひどかったように思います。

 

中学に入り、環境も変わり、徐々に治まりました。

 

もし今悩んでいる親御さんがいたら、少しでも参考になれば幸いですが、このことを一人で抱え込まず、子供がいない所で、子供に気づかれないように、他の人に相談してみるのがいいかなと思います。

 


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これはとびひ?水虫?「とびひ」になりたくない時の対処法【画像あり】

 

こちらの記事は参考画像として、とびひの画像がいくつか添付されています。

苦手な方はご注意ください。

 


我が子が、幼稚園に入学した年の夏。

(年齢はちょうど3歳の年でした。)

 

とにかく悩まされたのが

 

とびひ」。

 



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それはもう、びっくりするほど7月~9月までの3か月間で、何度も何度も「とびひ」になりました。

 

 

何度も再発を繰り返すと、もう治らないんではないかいう恐怖心や、軽い掻きむしりの痕も「とびひ」かもしれないという猜疑心まで生まれてきました。

 

でも!

 

今年は一度もかかっていないんです!(@〇@)

 

 では、どうして去年はあんなにかかって悩まされたのに、今年は一度もかかってないの?

 

ここでは、とびひの原因、治療方法、予防法を体験談を元に書いていきたいと思います。

 

目次

 

 

 

とびひになりやすい体質

皆が皆が、とびひにかかりやすいわけではなく、

 

アトピー体質

乾燥肌

 

の子が「とびび」になりやすい傾向があるようです。

 

それはつまり、「掻きむしる」という行為が、とびひを誘発するということのようです。

 

とびひの原因

我が子はまさに、上記体質に当てはまります。

 

そして、そんなアトピー体質で、とびひを発生させた原因と考えられたのは、我が子の場合大きく2つ。

 

「虫刺され」

 

「スイミング」

 

 

1点目の「虫刺され」に関してですが、去年我が子の通う幼稚園は本当に蚊が多くて朝虫よけスプレーをかけていっても結構蚊にさされて帰ってくることが多くありました。

 

参考までに↓。こんなに刺されるまで気づかないの?!状態です。

 


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2点目の「スイミング」。

とびひだと気づかないで、スイミングをしていた結果、プールから上がった際、とびひの症状がでている場所をふいたタオルで別の場所をふき、その菌が蔓延したと思われます。

 

③まさかのこれも「とびひ」だった!「とびひ」の症状を一挙紹介。

 

↓これは、単純に肌を掻きむしった結果。あっと言う間に広がりました。

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↓これは虫刺されが悪化したもの。

悪化の原因は、とびひと気付かず、ステロイド含有のかゆみ止めを使用したこと。
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↓これは一緒のお風呂に入っていた妹の頭にとびひがうつったものです。

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↓これは足の指の間のとびひ

ずっとかゆいかゆいとかいていて、水虫だとだと思い込んで、皮膚科を受信したら、まさかのとびひ。驚きました。

画像とにかく気持ち悪いので要注意です。

見たくない方はここまででストップしてください。

 

 

 

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④悪化の原因

それはまさに、初期判断を誤り、とびひの芽を放置したこと。

 

 

どういうことかというと、虫刺されなど、始めは薬を塗っていたものの、完全に治り切る前に塗り薬を止めてしまい、結果かき壊してしまったということです。

 

多分肌の強い子なら、それでもいいかもしれません。

でもよく体をかく子は痒みが完全に治まるまで、治すことが必要です。

 

また判断を間違えてステロイドを塗っていたことも、悪化させる原因です。

 

前出の画像にある、水虫かも?と思っていたら「とびひ」だったものですが、その時も迷って2〜3日様子を見ていたら、あの結果。

 

とびひだったら、その2〜3日で広がります。

 

とびひか迷ったら、即小児科or皮膚科へGo!

 

とびひになりたくない!効果的だった「対処法」

 冒頭で前述したように、我が子は昨年何度も「とびひ」を繰り返したのに、今年は1度もない!

 

その理由とは。

 

去年の教訓を踏まえ、私がやったことは大まかには以下3つです。

 

夏でも、いやむしろ夏だからこそ、、

 

1.とにかく保湿。


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※参考までに我が子にとても合っている保湿剤「ファムズベビー」の記事を載せておきます。

 

 

 

そして、

 

 

2.虫に刺されないように細心の注意。

 

刺されてしまっても必ず最後まで、治す。

 

 

 

 

 

そして最後に。

 

これはあくまでも自己流なので、適切な方法かはわかりませんが、

 

3.とびひかなと思ったら、とびひの塗り薬を塗ってみる。

 

(※あくまでも私のやり方です。とびひではなかった場合でも悪化することはないと思うとはかかりつけの小児科の先生はおっしゃっていましたが、皆が皆そうかはわかりませんのでご留意ください)

 

 

 

↓病院で以前処方された「とびひ」の薬。


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上の画像ですが、通常のステロイドで治りが悪かったため、とびひの薬に変えたところ治りました。

 

病院に行ったわけではないので、結局とびひだったのかは不明ですが、とびひで治ったので、なりかけていたのかもしれません。

 

 

とびひは、痒いし、見た目も酷く見えやすいし、子供にも親にも辛いものです。

 

 

体験談をもとに、私なりの対処法を書きましたが、すでにひどい場合はすぐに皮膚科に行ってください。

塗り薬だけではなく抗生剤の飲み薬を処方してもらえると思います。

 

 

とにかく、とびひをひどくさせない、乾燥肌アトピー肌と上手く付き合う。 

 

これを心に留めて子供の肌トラブルを乗り切りましょう(^^)

 


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台風通10号通過中。明け方に何度もチャイムがなる恐怖。

明け方4時くらいから、とても寝ていられない程の、凄まじい暴風雨。

 

窓だらけの寝室で子どもたちを寝かせるのが怖かったので、昨晩から窓の多い寝室と遊び部屋の扉を締め切って、リビングで就寝。

 

でもその家の中の扉や戸ださえも、ガタガタガタガタと単純音ではなく、ガタガタゴトゴトミシミシドンドンといった複雑音を常にたてている。

 

時折、窓と風がぶつかりあってるようなピシピシという耳障りな音も。

 

こんな状況で、よく爆睡していられるなぁと感心させられてしまう子どもたち。

 


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恐る恐るカーテンから少し外の様子をのぞいてみるも、真っ暗であまり見えないが、豪風雨で電線が激しく揺さぶられてる光景が見えた。

 

目の前のコンビニは明かりはついているが、昨晩22時で閉まったので、誰かいる気配はない。

 

と、その時!

 

「 ピンポーン ピンポーン」

 

 

 

 

 

まさかのチャイムの音!


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こんな嵐の中、誰?!

 

そもそもこんな明け方に誰が?!

 

 

怖すぎるんですけど(*_*)

 

うちはマンションの3階。

 

オートロックなので、下の総合玄関でチャイムを押して住人がロックを解除しないと、個人宅には入れない。

 

古いマンションなので、モニターがなく、インターホンのみ。

 

恐る恐る出てみても荒れ狂う風の音のみ。

 

 

 

誰かが下で我が家の部屋番号を押してるってこと?!

 

 

言い知れぬ恐怖と気持ち悪さと不安が胸を覆う。

 

それからも何度も何度もピンポーンピンポーン。

 

 

荒れ狂う風。

チャイムがなる度に、布団をかぶる私。

 

ふと冷静になった。

 

このチャイム、下の総合玄関ではなく、我が家の玄関前のチャイムでは?

 

ネットで検索。

「台風 風 チャイム」

 

いました。

同じような経験されている方が。

 

明け方のチャイムの原因は暴風だったのか!

 

少しの安堵。

同時に今回の台風への、さらなる恐怖も沸き出す。

 

 

結局眠れなくて、台風10号の名前を調べると「ハイシェン」。

 

とにもかくにも、何事もなく、はやこの台風が過ぎさってくれますように。。

 

 


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転勤族妻の苦悩。無意識に積みあげてきたジェンガが崩れた瞬間。

転勤族妻になってから、2度目の転勤。

今回の2度目の転勤は、なんだか、

一生懸命積み上げてきたジェンガが、小さな音を立てながら崩れていくような、

そんな感覚があった。


初めての転勤は2013年。


結婚して初めての転勤で、長く慣れ親しんだ関東を離れ、何の縁もゆかりもない、大阪へ。


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フルタイムでやっていた仕事も辞めてきて、仕事も友人もいない、本当に0からのスタート。


それでも、知らない場所での新生活で、運動会のかけっこのスタートラインの前にいるような、いわゆる得体の知れないドキドキはあった。


早く子供がほしくて、でも年齢のせいもあるのか思うようにできず、不妊治療も始めた。


病院通いを優先したくて、フルタイムの仕事は選ばず、扶養内の契約社員扱いの仕事を始めた。


パートのような扱いだったし、始めて1年半で幸い子供を授かり、比較的早く退社することなった。



そんな立ち位置の職場だったけれど、退職後もLINEをしたり、たまに会って愚痴をこぼせたり、笑い合ったりできる「大切な先輩→友人」もできた。



第一子は男の子。
活発に更に輪をかけたような、好奇心だらけの超わんぱく男子。

家に閉じこもっているのも母子ともに限界がきて、1歳になった途端に、習い事を始めた。

特に英才教育したいとか、そういう思いからではない。

子供のためというより、自分のため。

子供と自分だけの酸素しかない狭い部屋から、少しちがう空気の中で、深く深呼吸したかっただけという理由。

リトミック、ベビー英会話、スイミング。

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市が運営している、無料の短期の幼児サークルもいったりした。

身についているかとかは置いといて、大興奮しながら、幸いどれも楽しそうにやってくれた。


そこで、子供に友達を作ってあげれたら、と軽くは思っていたが、母親である私自身に知り合い、いわゆるママ友ができた。


当時は、自分に友達がほしいとはあまり考えてはなかったが、結果、子供よりも自分に先にできた。


素直に考えるとまだ赤ちゃんである子供に友達を作ってあげるためには、自分にママ友を作る方法が当たり前の道筋なのだろう。


この中でも、いつの間にかとても親しくなったママ友がいた。

お互いの子供のタイプは似ていなく、騒がしい我が子と対照的に、穏やかなタイプの男の子。

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月齢は2ヶ月しか離れていなかったが、我が子が早生まれ故に、学年は異なった。

偶然、家がご近所さんだったこと。

こどもたちが背格好の似た大きめの男の子ということ。


親同士の年齢も1歳差ということも、距離を縮めてくれたきっかけにはなったのだろう。


途中、私が第2子出産のために、3ヶ月程里帰りした。


里帰りから戻ってきて、割とすぐに我が子が幼稚園に入学した。


そんな理由で、少し会わない期間もあり、会えない時間も増えた。


姉には、学年が違うから、幼稚園入ったら、会わなくなっちゃうものだよ、と言われ、そういうものなのかと、どこかやはり寂しい気持ちもあった。





幼稚園入学。

3月生まれ故、心配していた部分がたくさんあった。


でもそれは少し言い訳で、4月だろうが5月だろうが、結局みんな初めての集団生活に送り込むのだから、心配なのは変わらないと過保護な私は後から気づいた。


送迎組だったので、担任の先生とも直接話すことができ、毎日細かく園での様子を教えてもらえた。


どんな友達と仲良くしているかも分かったり、少しずつ少しずつ成長していく姿も、手にとるようにわかることも増えた。

クラスや、送迎組でのママ友も増えた。

幸い、よく聞く癖の強めなお母さんに会うこともなく、嫌な思いをした記憶もない。

そんな幼稚園生活。


でも仲良くしていたママ友とも、結局定期的に遊んでいた。


今振り替えると、実は我が子が幼稚園に入ってからの1年のほうが、親同士も子供同士も更にぐんと仲良くなっていった濃厚な時間だったように思える。


我が子が幼稚園、ママ友の子がプレ保育に行ってる時間に子供なしで会ったりもした。(第二子はいたが)


我が子が午前保育の日を知らせては、家にきてもらったりした。

休んだ日の習い事の振替えの日を合わせたりした。


隣の駅といえども、自転車では行ける距離なので、遊べる日は私も二人連れて自転車で遊びにいった。

なかなか会えなくなった時の方が、会える時間を見つけて会える努力をするものなのだと後々気づいた。


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そして、そんな生活から1年が立とうとしてる。

2020年。

2月下旬。

日本でコロナが流行し始めた。

でもまだ自分事ではないような感覚も残ってた。


「突然の」ではなく、ある意味毎年この時期にある程度の覚悟していた、「予期した」辞令。がやってきた。


今度は、またさらに西へ。「九州に」


転勤は予期していたが、関東から6年前に大阪に転勤になってから、勝手にもうこれ以上西にはいかないと思っていた。


いつの間にか、

私は大阪の6年間の生活で、壮大なジェンガを積み上げていたのだ。





短いながらも、職場で作った縁。

必死で子育てしながら、同士で仲良くなった縁。

まだ1年しか通っていないけれど、我が子の濃厚な時間と成長を教えてくれた慣れ親しんだ幼稚園。


ここまで続けてきた、子供の習い事。


すべてとさよならしなければならなくなった。



初めての転勤で、初めての土地で、一人で(旦那以外)、多分がむしゃらに自分の世界を築き上げていたんだろうなぁと、当時の自分に今さら確認する。



コロナの影響で、幼稚園は2月末で突然の休園。

そのため、幼稚園は、ごく親しいお友だちにしか、転勤の挨拶が出来ないまま、バイバイになった。


そして、更に追い討ちをかけたのは、あの親しくしていたママ友も、東北地方に転勤になったこと。


東北と九州。


隣町に引っ越してから、自転車をこぎ、会いに行ってきたレベルとは、到底かけ離れた距離。


笑ってしまうかもしれないが、そのママ友の転勤を知った瞬間、私は、自分自身が転勤族の妻だという謎の実感を初めて得た。


仲良くしていた友人と、来月からはまったく会えることもなくなる。

毎週のように会っていたのに、この先、何年も会えなくなるかもしれない。


これが転勤族の妻の宿命なのか?


赤ちゃんの頃からのお互いの子供の成長を一緒に見てきた。

子供の話だけではなく、お互いの学生の頃の話や、過去の恋愛話とかもした。

お互いの旦那の不満や愚痴も言い合って、笑いに変えて、心を軽くしてくれた。


彼女は私にとって、率直にいってしまえば、ママ友のというより、心の拠り所になっていた、かなりの重要人物。
ある意味、大切な友人と簡単に言うより、この表現が近しい気がする。




このように、大阪での6年間は、かなり濃密だった。


短いながら仕事もしたし、子供が2人生まれた。

知らないうち、私は自分のなかで、しっかりとしたジェンガを築きあげていた。




それが、いつかは来るものだと多少の予期と覚悟していたものの、すべて崩れたような感覚だ。


九州にきて、崩れたジェンガを目の当たりにし、少し途方に暮れている自分もいる。


また1から作ろう!という気持ちにまだなれない。


6年前に、0の状態で大阪に来たときのような得体の知れないドキドキは、正直ない。

コロナのせいで、家に子供と3人いる生活が多いこともあり、少し後ろ向きな気持ちなのかもしれない。


まだまだ、転勤族の覚悟が足りないのかもしれないな。


さぁて、ここではどんな出会いや、子供の成長が見られるのかな、なんて、早く前向きな覚悟ができるといいけど。




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同じく転勤族のお母さんがいらっしゃったら、やるせない思いを抱えているのはここにも一人います。